2007年02月

2007年02月24日

シェムリアップの夜 & アンコールワット早朝観光

壮大な アンコールトムの見学の後は 夕食前に ルーフテラスで 食前酒をいただき
ました。 テーブルや 床には 沢山のろうそくが ともされ ムード満点です。

その後の夕食は いつもの クメールと ホームフードの他に 今日は 
スペシャルコース がありました。
 
ダイニングの奥から 長身のとてもステキな イタリア人ぽい人が 私たちの方に
向かって 歩いてきて スペシャルコースの 説明を してくれましたが 私は 
それが 無料なのか ( つまり夕食込みの中に入っているのか ) それとも 
別料金なのかが 不安だったので ここですぐOKを出して また 蓮の花ツアーの 
二の舞に なるといけないので 「 このコースは Freeですか? 」 ときいて
みました。
それ以前にも 私は たびたび Freeかどうかを いたるところで 連発していたので
きっと スタッフの間では 私の事を Freeさん! と 呼んでいるのに 違いないと
思います。
思わず にっこりの Freeでしたので 私が スペシャルコースを オーダーしました。

アマンサラ、ルーフテラス夕食 ラムスペシャルコースのシーフード







夕食の後は 今夜が 最後の夜になるので ホテルのスタッフの方に ルモックで 市内のオールドマーケットに 連れて行ってもらい 賑やかな夜を 体験しました。

欧米人や バックパッカーのみなさん向けに 手ごろな ホテル ( ゲストハウスと
いいます ) が 沢山ある地域なので 大勢の人々で 大変にぎわっていました。 
ブラッドピットと アンジェリーナジョリーも このあたりを 訪れたそうです。

ここには レストランの他に お土産もの屋さんも 沢山あり 昼間行ったお店
より はるかにお安い値段で 沢山の お土産が 売られていました。

明日は 待ちに待った アンコールワットです。

夜の市内 123







最終日の朝は 日の出を見るツアーだったので 4時半 モーニングコール 5時
簡単な朝食 5時半 出発という 懐中電灯片手の 真っ暗な中の ツアーです。

通常は 西の参道から アンコールワットの背後から出る 朝日を 拝む というのが
普通のコースなのですが 今日は 東の参道から 真っ暗な中、ジャングルを 
15分くらい歩き アンコールワットの後ろ側から 第2回廊に登り ワットの上
から 日の出を見るという 人と 全く出会わない 順序での ツアーでした。

真っ暗な中 鳥の鳴き声だけが 聞こえる ジャングルの中を 歩くなんて 
一生体験できない と思うと 自然に 目を大きく 耳を済ます 私でした。

徐々に 薄明るくなり ジャングルの向こうから 日が 出始めたのは 
6時40分 でした。

アンコールワット日の出


















第2回廊から日の出を見る人ワットの第2回廊から見る日の出12






本当に 厳かな時間でした。 ガイドさんも 全く無口で 
周りにいる 数人の方たちも 思い思いのスタイルで
無言で 日の出を 見つめていました。

時間が止まったような 瞬間でした。


第2回廊から私たちが来た道を見るワット越しに朝日を見る人々第2回廊から西門を望む






日の出を 鑑賞した後 第2回廊から 下を見ると 参道
のあたりは かなりの人々で にぎわっていました。

また 今歩いて来た 東側の道を見ると この寺院が 密林の中にあるんだなぁ〜 ということが 実感できました。
 
第三回廊へ登る急階段の私!命がけです!第3回廊内部の連子窓の影






その後 第3回廊に登る 急階段を 恐々 登りました。
当初 娘に お母さんは 絶対ムリだから、 といわれて
いましたが この時間帯は 全く混んでいなかったことと
 
登りも 手すりが使えたことで 何とか 目をつぶって 登ってみました。
この時に 全身に 力を入れたので 筋肉痛になってしまったのです。

階段の奥行きは 12,3センチくらいしかありません、 なので 靴を横にして
上るか つま先だけで 登るしかないのです。

普通は 混んでいるので 登りは 皆さん 階段に 手をついて上がり 下りは 
手すりを使う との事でした。
でも 娘が言うには その 手すりを使うのに 30分くらい並んで待つらしいのです。
一般の人々とは 観光の順序が違うため まだこの時間は 第3回廊に 登る人が
いなかったので 私は 何とか人の迷惑にもならずに 行きも 帰りも 手すりを
使って 登り降りする事が出き おかげで すばらしい 景色を 眺められ
「 密林の中の 自分 」 を 体験でき 本当に よい 思い出になりました。

怪我をする人も かなりいるそうですが ガイドさんたちは 手も使わず すすっと
登っていきました。 さすがですね!

池から見るアンコールワット


















参道から見るワット全景

















このアンコールワットは 12世紀前半に ( トムより前 ) ヒンズー教寺院として 
建立され 後に 仏教寺院に 改宗したそうです。

その後 長い年月忘れ去られていましたが 16世紀には ポルトガル人 日本人
などが参拝した事実がありますが それ以外の情報もなく カンボジアの 奥地の
森の中に ひっそりと 眠っていたのです。

その後 1860年に 寺院を訪れた フランス人によって 世界に 広く知らされ 
1992年 ユネスコの 世界文化遺産に登録され 世界中の注目を集めました。

上の写真の 参道の左側には 大きな池があり その池の前から見ると 塔が 
5つ 見えるのですが 正面の 参道からは 3つしか見えません。

この景色が カンボジアの 国旗にもなっていて 最盛期には カンボジア タイ ラオス 南ベトナム まで治めたという クメール王朝、 それが カンボジア人の
誇りになっているのが ガイドさんの説明でも 良くわかりました。

アンコールワットの後から昇る朝日ワットの前にある睡蓮池












水面に 逆さアンコールワットを 映すその池には 睡蓮の花が 何百年も前から 
そこにあるかのように 咲いていました。

murakilf at 14:49|PermalinkComments(1)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月21日

アマンサラ 朝食、& 午後の観光

早朝観光から帰ってきてゆっくり頂いた朝食

















早朝観光から帰ってきたのが 9時半ごろで その後 ゆっくりと プールサイドで
朝食をいただきました。
朝食は 沢山のメニューの中から 何でも 好きなだけ食べてくださいね、と 
昨日 MIKIさんに 教えて頂いたので 私は エッグベネディクトとマンゴージュース
をいただきました。 隣に添えてあるのは 焼きトマトです。

これは 焼いたマフィンの上に ハムがのせてあり その上からオランデーズソースが
かかっている 私の大好物なのですが これを 始めていただいたのが 以前
訪ずれたことのある 淡路島の 「 ホテルアナガ 」 でした。

以前 主人の実家がある 広島に 帰る途中 新幹線を途中下車して 
とれん太くんで レンタカーを借り ( これを利用すると 乗車券が20%オフ、
特急料金も 10%オフ それも 同乗者全員が、という お得っぷり! ) 
淡路島の 「 ホテルアナガ 」 と 「 ウエスティン淡路 」に 泊まったことが 
ありました。 

なぜそこに泊まったかというと 雑誌 クロワッサンの 増刊号 
「 いつか 必ず 旅に出るときのために、 クロワッサン25年の歴史が選んだ 
日本の宿スペシャル 」 という ながーい 題の 本に載っていたからなのです。

「 海辺のリゾート 」 編に ブセナテラスやアリビラ などと一緒に
この 2つの ホテルが 載っていて おもわず その写真のきれいさに 
強引に 計買を立てて 行ってきたわけなのです。

淡路島の 海の見える レストランで頂いた エッグベネディクトが たいそう  
おいしかったので それ以来 いただくことが多くなりました。
遠い カンボジアの地でも それは プールサイドで 出色のおいしさを 出して
ミーハーな 私を 喜ばせてくれました。


FCCアンコール、ホテルFCCアンコール内レストランFCCアンコール、蓮のお花






その後 少し のんびりしたり お昼寝をしたりして すごし 午後から市内を巡ろう
と ホテルの方に ルモックで お土産物やさんなど 巡ってもらいました。 
写真は 途中で お茶をした 「 FCCアンコール 」 という ホテルです。

このホテルは 欧米人が多く ベトナム戦争や 内戦の時代は 海外の 特派員たちのたまり場になっていたそうで バーの雰囲気など その頃を髣髴とさせていました。
オープンエアーなそのレストランは 真っ白な内装で とても ノスタルジックな
趣があり ホテルの 前には やはり 蓮の花が 飾ってありました。


シアヌーク殿下の別荘昨日行った蓮の花ツアーのお寺街を流れる川







自転車で、グランドホテル最近出来た、お土産物店何度か見かけたお葬式






この写真は 市内の 様子です。
お土産物やさんの写真を 大きくして頂くと わかりますが 店頭に グッチとか
カルチェ プラダ なんて 書いてあるのですが 店内には 何一つ そのような
ブランド物は おいてありません。 たぶん このように書いて 日本人の 観光客を
呼び寄せようという 魂胆でしょうが 隣のベトナムでも ブランド物は これから
オープンなのに このあたりでは あるはずがありませんよね。

でも 私も 思わず入って しまった一人です。

最後は お葬式の 写真ですが 今回の滞在中 2回も お葬式の列に遭遇しました。
大変 大人数で 練り歩くようで このような 立派な儀式は 信仰心の厚さの 
表れでしょうか。 学生さんが 沢山いたのが 印象的でした。


アンコールトム 南大門大蛇を綱引きする阿修羅
大蛇を綱引きする神様






アプサラ ( 天女 ) 1アプサラ その2戦いの様子が刻まれているレリーフの説明をするガイドさん











さて 3時からは 午後の観光です。
午前中に 勝利の門を 見学した アンコールトムの 続きの見学です。

今回は 南大門から 入場しましたが 門の左右には 神様と 阿修羅が それぞれ
蛇を ひっぱている 石造がありましたが かなり 顔などは 盗まれたり 壊れたり
していました。
門も 崩れていましたが 何と この門は やっとですが 車が通れるのです。

中に入って 広大な 城壁の 壁画のレリーフを 説明する ガイドさんです。
この 写真からも かなり 説明に 力が 入っているのが 伺われますね。

ガイドさんは 日本の歴史に 大変詳しくて 説明をするときに 必ず
「 この遺跡が出来たのは 12世紀終わり頃なのですが 日本で言うと鎌倉時代ですね」 と 注釈をつけてくれるのです。

8世紀の時には 「 日本で言うと 平安時代ですね。 」
と かならず 言うのです、 それも 何度も。。。

そして 最後には 説明の 途中で 「 これが出来たのは12世紀ですが 
これは 日本で言うと? 」 と 私の方に 顔を向けてくるのです。
私 「 あっ あ、 はい! 鎌倉時代です! 」 なんて 調子でした。

平安時代と 言われたときには 私は 頭の中で 「 えっ! いつ? いつ?
平安時代って! え〜と 何と見事な 平城京だしな…  あっ! 鳴くよ ウグイス
平安京だよ! 」 なんて ぐるぐる 頭を働かせていて 結構 疲れました。

また 魔人の像の 壁画を見ている時には 日本で言うと? と また質問され
私は 突然の 質問に 一瞬 ひるみましたが 「 はい! 風神雷神像 です! 」 
なんて はっきりと 応えることができました。 
なぜって これ 京都の 三十三間堂で 見ましたから! ( ぎり〜! )

よかった〜 主人も 答えられた私を見て ほっとしていました。
( ちなみに 主人は 社会科系は 強いんです )

そのほかの 質問としては 千手観音 とか ( これも 三十三間堂です! )
猿の壁画は 孫悟空とか… 本当に色々 私たち以上に 日本のことを ご存知で 
もう 私は 大変でした!

でも 仏教壁画は このように 日本と 大変 つながっていて 歴史の好きな方は
とても 面白いものだ ということがわかりました。
私は 全く ちんぷんかんぷんなので 汗かきまくりでした、 とほほ…


子供のお坊さんバイヨンを見る観光客











さて アンコールトムの ハイライト バイヨン寺院の 見学です。

これは アンコールトムの真ん中にある 石塔群で シャヤバルマン7世が 建立
し、 ( もちろん 日本で言えば 鎌倉時代に です! ) 王が崇拝した 
観音菩薩の 巨大な四面像が なんと 196面も 彫られている 石塔で 
高さは 45mも あります。

この日は 韓国の 観光客が多く ( 韓国 〜 シェムリアップ 直行便が 
出来たとかで ) 皆さん 有名な 「 クメールの微笑み 」 像の前で 
順番に 写真を取っていました。

この 観音像の一つは なんと あの 京唄子に 似ているとかで 多くの 日本語の
ガイドさんたちは 説明するようでしたが 私たちの ガイドさんはそんなこと 
一言も言いませんでした。 
何せ アカデミックな ガイドさんなので そのような 邪道な 説明 
( 京唄子師匠 すみません!  ) は 一言も ありませんでした。

観音菩薩像は なんと 196面もあるので 私が 一人で騒いで 京唄子は 
これかしら?  あれかしら? なんて 探していました。
いかがですか? 京 唄子…

クメールの微笑み


















象のテラス
雨季の象のテラス






バイヨン寺院を出てから 見学したのは 有名な 像のテラスです。
左が今回、 右が 娘の行った 雨季の最後の頃の 写真です。
雨季のときは このように周りは 水浸しです。


バイヨンバイヨンの 全景です
大きくしても 良くわからないかもしれませんが 
真ん中あたりに顔が彫られているのが
かすかに ( 言われてみれば 程度ですが ) 
わかります。


夕日に浮かぶバイヨンは金色に輝いていました。


murakilf at 14:44|PermalinkComments(3)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月16日

アマンサラ、夕食  & アンコール遺跡、早朝観光


蓮のお花観光 から 帰ってきて 一息ついたら 夕食です。
夕食は クメール料理か 西洋料理の 選択です。
それにしても ダイニングには誰もいないので 私たちが一番乗りで ちょっと
ドキドキしました。

クメール料理は おかず4品と ご飯 デザート、西洋料理は 前菜 メイン デザート
のコースでした。
クメール料理 と 西洋料理 どちらも頂いてみましたが 何とクメール料理は 
中国料理とタイ料理 が混ざって 甘くなく、辛くなくという感じで お醤油ベースの
かなり日本人好みのお味で ご飯にピッタリで 大変おいしくいただきました。

アマンサラ ダイニングルーム

















夕食 クメール料理ホームフード・前菜、蟹とトマトのタルトホームフード・テンダーロインステーキ






夜のアマンサラ、パンフレットより

















さて 翌朝は 5時半にモーニングコール 6時に簡単な朝食 6時半に早朝観光出発です。

前夕の 観光後 ガイドさんを通して 翌朝の 朝食のリクエストを 聞かれましたが 
まず 早朝に 簡単に 食べられる朝食を取り 帰ってきてから ゆっくりと 
本格的な朝食を 取るとの案内を MIKIさんから 聞いていたので すぐ理解でき
ましたが 知らなければ このシステムを 理解できず、 帰ってきてからは 
朝食をいただけるとは 思わなかったことでしょう。 
本当に MIKIさんには 感謝です。

昨日と同じ ガイドさん、 運転手さんで ルモックに乗って 出発です!

朝6時の簡単な朝食このメンバーで GO!荒涼たる景色に朝日が…







私たちのガイドさん、まじめです!こんな道を30分歩きました















私たちのガイドさんは 32歳 独身で ( ここでも 私の 好奇心が 炸裂し
色々 聞きまくりました! ) 以前は 市内のホテルの フロント勤務だった
そうですが ( 昨日の市内観光時 昔いたホテルを 教えてくれました )
思い立って 日本語を 勉強し ガイドとして 独立し 個人で 仕事を
請け負っている と話してくれました。

このガイドさん、 とても 知識も豊富で 何より まじめなんです。

カンボジアでは アンコール遺跡を 案内できるのは 試験に受かったガイドさん
だけで 皆さん この黄色いシャツに 紺の ズボンをはいています。
腕にも そのマークがついていますし 証明書も 見せてくれました。

本来は 革靴を 履くのが 規則らしいのですが この日は 30分以上 砂地を
歩くので スニーカーなのだそうです。

ドライバーさんは 寡黙な 青年ですが 何と かなりの スピード狂で
ものすごい 速さで ビュンビュン 他の車を 追い抜きます。
簡単な 英語もしゃべれて 丁寧な 応対をしてくれました。
この白の 上下が アマンの ドライバーさんの 制服で 日中は テンガロン八ット
に サングラスで 疾走してました!
( 今 ゆっくりと 写真を見てみたら このドライバーさん 結婚しているよう
ですね! 薬指に 指輪が…  知らなかった〜 )


密林を30分歩くとタ・ネイ遺跡が


















崩れ落ちて足元が危ない遺跡崩れ落ちかけている遺跡















まだ ほの暗い中を 途中 アンコールワットを 左に見て 20分くらい 走ります。 
その後 ルモックを降りて 密林の中を ガイドさんと3人で 30分ほど歩きました。

このあたりは たまーに 民家が見えるだけで かなりのジャングルです。
ルモックで疾走中に 見えた民家は 驚いたことに 高床式住居みたいなもので 
朝の ひと時 家族で 庭にでて 朝日を浴びているのが 遠くに見え まるで 
大昔の映像のような 1シーンでした。

この 歩きツアーは 他の観光客には 全く会わない アマンサラ独自の ツアー
だそうで 密林の中を 30分ほど歩くと 突然 あたりが開け タ・ネイ遺跡が 
目の前に 現れてきます。

地元の住民は この遺跡のことを 以前から もちろん知ってはいたでしょうが
伝達方法もなく 他の人には 全く 認識されず 長い年月を 静かに過ごして
きたのでしょう。 かなり 荒れ果てていて 石がいたるところで 崩れ落ちては
いましたが 威厳のようなものが 確実に あたりを圧していました。 


タ・ケオ遺跡

















昔の病院附属のチャペルだそうで…急な階段奥にいるのは マスク姿の私






この後 歩きで前のところに戻り 
その先 病院チャペル跡を 見学し
タ・ケオ遺跡へと また 歩いていきました。

この 歩いている時間は あまり説明もないので もっぱら ガイドさんへの 
私お得意の 質問タイム と 化していました。

ガイドさんは 日本語を JICAの 先生に習ったと いっていました。
かなり日本語は 上手なので まじめな生徒だったのでしょう。

その JICAの先生のことを とても 尊敬していて また 誇りに 思っているようで 
先生は 静岡県出身の方で 今はもう 日本に帰っていると言っていました。

私が 日本に行きたいか、と訪ねたら もちろん行きたいけれど VISAを 取るのには
日本の 社長さん ( の ような 身分のしっかりした 偉い人の意味 )
に頼んで 取ってもらうしかないし そんな つて はない と…
それに VISAの取得は プノンペンに行かなくてはならないし プノンペンには
なかなか行けないとも…

VISA取得が難しいのなら 主人が 観光で行ったら どうですか? と聞いたら
ビックリしたように 観光だなんて とんでもない! お金がかかりすぎます、 
との お返事でした。

そして JICAの先生のことを 思い出すようなしぐさをして 先生の出身地である
静岡県が いかに すばらしい所かを 私たちに 説明 してくれました。 

先生に会いたい、といって 遠くの空を見つめる ガイドさんに 私は 心を 打たれ
思わず 主人が 社長さんでないことを うらみましたが 本当に 心から 日本の事、 
日本人のことを 尊敬してくれていることが 良くわかり 嬉しくなりました。

JICAの 先生、ほんとうにありがとうございました。 私からもお礼を言います。


アンコールトム 勝利の門

















かなり崩れている門参道に置かれた私たちのスモック











タ・ケオ遺跡を後にして ルモックに 乗って アンコールトムに 行きました。

アンコールとは 「 首都 」 という意味で トムは 「 大きな 」 という意味
です。 アンコール王朝 最盛期の 首都で 広大な 敷地の中に 門や 寺院など
が そびえ立っています。

四方の城壁には 5つの門があり 今日は 東側にある 「 勝利の門 」 と 
「 死者の門 」 を 見学しました。
ここも 時間的に まだ 観光客が 訪れる前だったせいか とても空いていて 
ゆっくり 観光することが 出来ました。

アマンサラの ルモックが 置かれている道は フランス映画のように 美しく
幻想的でした。

PS JICAの リンク先は 参考までに、ということで 私たちのガイドさんが
  ここで 日本語を習ったかどうかは 確かめていません。  

murakilf at 15:09|PermalinkComments(3)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月11日

アマンサラお庭 と 午後の市内、お寺観光

ベトナムでも 良く見かけましたが ここアマンサラでも いろいろな処に 蓮のお花
が飾ってあり それは もう 造花のように キレイで 可愛いものでした。

お部屋係りの方から 1日2回の アンコールワット遺跡の観光の 提案がなされた時他に行きたい場所があったら アレンジします といわれたので 私は ぜひ蓮の
お花が 見たいので どこかありますか? と聞きしました。 
彼女は すぐ 即決で  「 お寺に 行かれたら 蓮のお花が 沢山見られますよ、 
この後 4時半から いかがですか? 日本語の ガイドをつけますよ。 」
と 提案してくださいました。
 
私は 「 わぁ〜 うれしい では 楽しみにしています! 」 とお願いし、 
彼女は 明日からの 遺跡観光の 概要を 私たちに 説明し その後 優雅に 
静々と 帰ってゆきました。 

アマンサラに飾ってある蓮の花


















蓮のお花のブーケ花びらをたたんで作ってあります









この アマンサラでは 宿泊料のほかに 一人1泊 75ドル プラスすると 朝食
+ 昼食か 夕食どちらか、 + それに 1日2回の 遺跡観光がつきます。

そのため 1部屋に 1台の ルモックという バイクで引く 3輪車のような物と
私たち専属の 日本語ガイドさん、 運転手さんが つくのです。

それで 1日2回 遺跡観光をするのですが そのほか 街などに出るときは ホテルのスタッフに頼めば どこにでも 連れて行ってくれるとの事でした。

でも ホテルの案内ガイドを よく読むと ( なにぶん 英語なので 詳しいことは
?ですが ) ガイド、運転手さんは 遺跡観光以外にも 貸しきることが出来
1時間いくら 半日いくら なんて言う項目が あったのです。
 
いや〜 どっきっ! 私たちの 蓮の花ツアーも別料金だったら どうしよう〜 
それも ガイドさんを 貸しきると 私たちにしては 予定外の支出という事で 
けっこう イタイのです。 

うひゃ〜 どうする、 どうする? いまさら聞けないよね〜

日本にいるときに アマンサラに行った方の ブログなど 読み漁ったときに
皆さん チェックアウトの時には 卒倒しました、 とか 清水の舞台から
飛び降りました! なんて 書いてあったので やばい! 原因は この私的観光
かもしれない! などと 心配になってきたのです。

結局 意を決して 私が スパの MIKIさんに 聞きに行くことになりました。

中庭を 通って スパ棟に 向かいます。

午後の日差しを浴びて プールサイドは 夢のようにキレイです。 が、
私は どきどき! しながら 「 こんな事を 気にするような 私達、 
アマンに 行く資格なんて からきし ないね! 」 と思ったのでした。

だって 主人の知り合いの アマンに よくいかれる方は ご主人が 外資勤務 
奥様は 大手会社の 秘書、 お子さんなし って方で もちろん 飛行機は 
憧れの ビジネス ( もち マイレージの UGで ) なんですもの〜

それに引きかえ 私達、 家計は 「 全身 火だるま状態 」、
子供3人 未だに同居! ( それも かなりの 大食漢! 関係ない? )
主人の細腕に 私は おんぶに抱っこ、 それに重病もち と 5重苦くらい
抱えている私達、 そんな私達にとって この蓮の花ツアーが 別料金かどうか
は もちのろん! 大問題なのです!

プールサイド 1プールサイド 2









プールサイド 3中庭2005年に新築されたお部屋






どうか MIKIさんに会えますように。。。 
ちょうど お手すきだったようで 無事 ご対面。 色々 
詳しくシステムを お聞きすることが出来 ほっとした私。

全ての スタッフに ゲストの予定は 知らされているようで MIKIさんは
私達の予定を 調べてくださいました。 
すると 本来は 今日の午後は 「 東のアンコール観光 」 というものが 
セットされていたようですが その代わり という事で 蓮の花ツアーを 
アレンジして くださったようでした。

ですので もちろん 無料ですよ! と 嬉しいお返事。

う〜ん そのお言葉 待ってました。 何より 嬉しい その響き よかった〜
その他 明日からの観光時の 朝食システムなども 詳しくお聞きしました。

日本人は いまは 私達しかいないこと また 帰国日は お部屋が 空いているので
飛行機の時間まで ( 夜の7時くらいまで ) 滞在していい事など 私たちに
教えてくださいました。 


MIKIさんは イギリスで アロマセラピーの お勉強を 2年間 なさっていて その後
たしか モルジブ? のホテル・スパスタッフとして 働き そのホテルの 
スパマネージャーが アマングループの スパマネージャーに 就任した時に
日本人スタッフが 必要なので 来てほしいと 頼まれ ご一緒に アマングループに
入られたそうです。

ここでも 日本の お若い女性の方が ご活躍! とても嬉しいし 私達にとって 
心強い存在の MIKIさんには 本当に 感謝しています。


MIKIさんがいらっしゃるエステサロン 1エステサロン 2








MIKIさんが いらっしゃる スパサロンです。 
広々とした しつらえに 真っ白い蘭のお花が きれいです。 
ほのかに お香もたかれていました。

観光するときに乗るルモックお出かけのルモック











上の 2枚の写真に 写っている乗り物が 私たちを 運んでくれる ルモックです。
人力車の 人の代わりに ホンダのバイクで 引いてくれるのですが かなりスピード
も出るし 風も通るので 気持ちは いいのですが 砂ぼこりは入る、 帽子は飛ぶ! 
目は痛い! と 乗ってみて初めて かなり 大変なことがわかりました。

この日は 最初だったので ただ 何も 防備をしないで乗ったのですが この後
乗るたびに マスク、 サングラス、 帽子、 帽子を押さえるクロマー、と 
だんだんに 重装備になって 快適に 乗るこつを 覚えました。

市内の様子 123







きらびやかなお寺市内の商店街です。
住民の日常生活が 感じとれましたが
映画で見る 戦後の、前?日本のような感じで
夕日に照らし出される その様が
タイムスリップしたみたいで
ちょっと 物悲しさを 醸し出していました。
 
ハスのお花が たくさん見られる お寺です。

お供えを売る露天店

















私が見たかった蓮のお花1束1ドルで3つ買いました








シアヌーク殿下の お家の 直ぐそばにある お寺は 金色に輝いていて
お参りの人たちで にぎわっていました。

カンボジアの人々は 信仰心が厚く 日常の ちょっとした時間にも このような
道々にある お寺を お参りするようで お寺の前には お供えの お花と お線香を
売る露天が 出ていました。

そこで売っていた ハスのお花です。
白や ピンク つぼみや 咲いているものなど 売っているおばさんが 器用に
花びらを折って きれいな形にして 束ねていました。

1束 1ドルで買って お参りをしました。
私は てっきり 池に咲いている お花を見られるのかと思いましたが これでも
ハスの花を 見る ツアーに なりますものね。 

日本の 仏様とは だいぶ違う きらびやかな 仏教様式に 驚きましたが
ガイドさんはじめ 地元の皆さんは 本当に 心底 熱心に お祈りしていました。

その後 市内を回って 帰りは 牛や 馬や 豚が 放し飼いになっている 道を
通りましたが その道々 上半身は 裸で ゴムぞうり姿の男の子が、 母親が 
道端で 何かを 売っているのを お手伝いしている姿が 随所で見られました。 

周りは 殆どみな 自転車で 車は 商用車が中心でした。
バイクも まだ 多くはなく このあたりは 確実に ベトナムより 四半世紀は
遅れているようでした。

道端のお店道端には牛が…






う〜ん 何ともいえない この感じ。
夕日に照らされて 一層もの悲しいよ〜
一体 この時代は いつなんだろう〜と 考える私でした。


murakilf at 16:16|PermalinkComments(2)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月08日

ステキな アマンサラ 到着です!

21日 お昼頃 カンボジア シェムリアップ空港に 到着しました。
ここ カンボジアでは 観光客も ビザが必要との事で 私たちは 日本で 取得して
行きましたが 空港でも 取得できるとあって 同じ飛行機で 到着した 欧米人達は
皆さん そこで 取っていました。

アマンサラ 空港お出迎え

















空港の出口には 憧れの あの 「 アマンサラ 」 のスタッフが お迎えに…
後ろにいる 白い制服の 2人のスタッフ そして 車にも 運転手さんが待機していて
総勢6人もの スタッフが 私達を お待ちかね!! と思ったら もう一組 
欧米かっ!の カップルが いらっしゃいました。 別々の車で 出発です。


お出迎え車内でのおしぼり、エビアン意外と小さいレセプション私たちのお部屋の前






車内では 簡単な説明と 冷たいオシボリ、よく冷えたエビアン水のサービスが…
おー 極楽、極楽! 思わず ちょっと ( ちょっと、が 悲しい… ) ふんぞり
返ってしまう 私でした。

途中で アンコールワットの 前を通って 20分ほどで アマンサラに 到着です。

黒い鉄の 大きな扉を 警備員が 重々しく開けて 中に入ると そこは 個人の邸宅
のような 雰囲気で 思いのほか 小さなレセプションがあり 事前に 連絡がいった
のでしょう、 日本人の エステスタッフの MIKIさんも待っていてくださいました。
( このレセプションの 写真は 後から撮ったもので そのときは 何人もの
スタッフの方の出迎えで 写真など 撮る余裕は 私には 有りませんでした。)

何かあったら いつでも 聞いてくださいね、 と MIKIさんは 言って下さり 
後は 私達担当の 女性スタッフに 引き渡され もう 緊張して何がなんだか 
わからない私、 館内の説明を 英語で受けながら さっぱり あわわ状態?で 
アマンデビュー と 相成りました。  


お庭の プールを通って…

















レセプションでの歓迎の後は ライブラリー ダイニング ブティック の説明を受け 
目の前にある 大きなプールの 脇を通り 私達のお部屋に 案内されました。
お部屋数 ( プールの 周りに 12室、 その奥に 2005年に 新築されたお部屋が 12室の ) 計24室の 小さな ホテルです。

ここアマンサラは アマングループのホテルの中では 市街地にある 大変珍しい
立地のホテルです。
なぜかというと アマンのホテルは こことインドネシアの ボロブドゥールに ある 
「 アマンジオ 」 を除いては すべて リゾート地にあるのです。

ですので アマンサラは、 敷地は 他の アマンに比べ 狭いし すぐそばを 
車が 走っているので 景色は望めませんが 中に入ると リゾート色 
たっぷりで おまけに 世界遺産も 直ぐ近くなので お篭り系ではない
私たちには ぴったりのホテルでした。 

この建物は、 以前は カンボジアの シアヌーク殿下の迎賓館でしたが 
様々な経緯を経て 内戦などで 廃屋に なってしまったのを 2002年に 
アマングループが 改築し 現在のような ホテルになりました。

お部屋には 昔から今にいたる アマンサラの 写真集がありましたが それを
見ると ジャクリーヌ夫人を はじめとして 世界の要人たちが 泊まった時の 
写真などもあり たいそう高貴な歴史を 刻んでいるホテルという事が伺えました。
 

ドアを開けた右側入って右側にベッド











プールの回りを 囲んで ぐるっと 平屋建ての お部屋が 配置されていますが 
私たちのお部屋は ちょうど プールの 正面になりました。

ドアを開けて直ぐ右側に 大きなお花がいけてあり その右側に ベッドと 
リビングがあリます。 ベッドの枕上には デスクが でんと 置かれていました。

無料のお酒冷蔵庫の中も無料です!お水とクッキー











入り口の左側は クローゼットと 荷物置き台 そして 写真の 飲み物コーナーです。
この お酒や 冷蔵庫の 飲み物 クッキー おつまみのナッツ類 などは 全て 
宿泊代込みで 毎日 補充もしてくれます。
( ハウスワイン以外のワインと シャンパンは 有料でしたが… )
ここには 冷たい飲み物しか ありませんが 温かい飲み物は レストランに お願い
すれば いつでも すぐ 持ってきて いただけます。
私たちは 余り 冷蔵庫内の 飲み物を 頂かなかったのですが お酒の好きな方には 大変 使い勝手が よろしいのでは ないでしょうか?
果物も 毎日 違う種類のものが 置かれていました。
 
 
ベッドの頭にデスクが…ベランダから見た室内ベランダから バス、リビング、ベッド、デスク






リビングセットの 後ろに 数段下がって そのまま バスタブが置かれています。
それから その先が テラスになっています。
つまり テラスから見ると バスルーム 1段上がって リビングセット その先に
大きなベッド その 先に デスク そして ガラス張りの 戸があって 外廊下
となっているのです。 
トイレと シャワールームは バスルーム横奥の ガラス越しに テラスの池を 
望む 位置に あります。

洗面台は 男女 別れて 向かい合わせに それぞれに アメニティも分けて 
おかれています。
ふんだんにある 大きな 真っ白のタオルや バスタブの白、 床の 真っ白なタイル
ベランダのソファーの白など 白と 黒茶の コントラストが すっきりとしたモダン
な 室内インテリアです。

バスコーナーバスの左右に男女の洗面台、これは女性用












ベランダテラスから見た空








テラスで頂くお茶









テラスで 頂くお茶は 本当に 美味しく 朝から あわただしく 過ごしてきた
体に ほっとした 午後を もたらしてくれました。
テラスの ソファーからは 南国の 空が見えました。
 

ソファーセットウエルカムドリンクと生春巻き






歓迎のクロマー(マフラーのようなもの)






一通りの説明の後 レモンジュースと 生春巻が 運ばれました。

ベトナムでは 衛生的に 心配だったので 生春巻を食べなかった事が 心残り 
だったので ここでいただけたことが とても 嬉しく 美味しく頂きました。

この日 私達への プレゼントは この後の 観光で 大活躍する マフラーのような
クロマーと言う カンボジア名産? でした。 

私の写真では このホテルの 素晴らしさが うまく伝わらないのが 残念ですが
静かな のんびりとした 空間が おおらかに 広がっていました。

この後は この日の 夕方からの観光 夕食編 へと続きます。

murakilf at 21:16|PermalinkComments(2)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月04日

ベトナム2日目 午後 そして 3日目カンボジアへ

クアン94の おいしい昼食の後は 最近出来た 「 サイゴントレードセンター 」
の タワーに登って ホーチミンの街を 一望しました。

ベトナムに 到着して 空港から ホテルに車で行く途中は ものすごい 埃っぽい
街で 騒々しく 今までに体験したことがないくらいの 人々の 渦で 一体
どんな旅になるんだろうと 危惧していましたが 慣れれば 案外自由に動け 
( 街の規模は狭いので ) 今 この 上階から 見る景色は フランスっぽさ
が 垣間見える ステキな 近代的な 街でした。

サイゴントレードセンターからの眺め眺め その2シルバーウィスパー号






上の写真の サイゴン川に 停泊している 白い豪華客船は 「 シルバーウィスパー号 」 です。

ホテルのバー、レベル23からの眺めハッピ−アワーのカクテル






ホーチミンの町






その後 ホテルに帰った私達は 少し お部屋でのんびりとした後 シェラトンの
最上階にある 「 レベル23 」 という 半屋外のバーに 繰り出しました。
夕日を見ながらの ホーチミンの街は 週末ということもあり そろそろ また
バイクの大洪水が 起こりそうな 気配でした。
 
先ほどの サイゴントレードセンターの カフェや このホテルの バーは 
ともに ドル建てでしたので お値段は 結構 日本と遜色なく 地元の方は 
利用していないようでした。
スタッフは ともに 英語での対応で 昼間の クアン94とは 対照的な 
ラグジュアリーな 空間が広がっていました。


クルーズ船 ダウベンゲー号乾杯!






お料理、乗船料合わせて 1500円






夜は サイゴン川の ディナークルースに 出かけました。
といっても この船を見ていただければ わかるように なんだか チャチな
なんちゃってクルーズ? ですが この川には このような舟が 3,4隻 停泊
していて ベタなイルミネーション満載で 団体客や地元の人で 大賑わいでした。
乗船料は 一人 75円位で ( 安っ! ) 後は 自由に 飲んだり食べたり
出来るようなので 乗り込んでみました。
団体客が 後から後から 乗りこんできて 満員で 1時間の サイゴン川 クルーズに 出航です。 途中で 豪華客船 「 シルバーウイスパー号 」 とすれ違い
ましたが 世界一周の途中でしょうか? 静かに 真っ白な船体を横たえていました。 


豪華客船 シルバーウィスパー号ショータイム 歌い狂うお姉さん火を噴くお姉さん






ステージでは 演奏などが あったのですが 最初は 「 上を向いて歩こう 」
なんて曲を おとなしく演奏していたのですが 後半は 何と すごいお姉さん
が 登場してきて からだをくねらせて ソウルフルな 曲にあわせて
ガンガン 歌って踊っていました。
乗船していた 欧米人は 大喜びで はやし立てていたのですが 途中から 
そのお姉さんは 益々 興に乗ってきて なんと 口から 火を吐く 芸を 
披露していました。 
もう 欧米人 大喜びで 皆さん 周りに集まって カメラのフラッシュ大洪水!
お姉さん 益々 陶酔し 火を吐く! 火を噴く! それはそれは 大変な
ステージでした。 
この写真からも お姉さんの 迫真の舞台 感じ取って頂けますよね。
ご立派でした。 

さて この舟の 会計ですが 相変わらず 私は 電卓片手で メニューも
下げさせず 脇において 計算は 万全で 望みました。
私達のテーブル担当の 給仕をしてくれていた おじさんが持ってきた 請求書は
やはり 少し値段が違っていました。 私が 一つずつ 良くチェックしたら
お絞りが 2つなのに 4つと請求されています。
そのことを言ったら サービス料がないから チップ分だというのです。
だから はじめから ぼるつもりだったのです。

チップは 後から渡すので とにかく訂正してくださいと お願いしましたが
結構 ごねられました。 主人が一発ガン! と言ったら しぶしぶ 訂正した
請求書を持ってきました。 
( それでも お料理のお値段が 少し多く 請求されていましたが… )
そして まず会計して 領収書をもってきてから チップを渡すといったら
先に チップを 欲しいと。。。
そこでも もめましたが 結局 彼が折れて 私達の言うとおり 会計して
領収書を 持ってきてから チップを 渡しました。

こんな セコイことをしないで 最初から 正しく 請求してくれたら もっと 
気持ちよく チップを 渡したのにと思うと とても 残念でした。

こんな 少しの値段の間違いで? ( お絞り2つ 多く請求しても 30円くらい
なんですよ〜 ) こんな気分になるのなら 最初から 私が 見て見ぬ振りして
払えば よかったのかしら? とも思いましたが これから ベトナムも 
大きな国の仲間入りしていくには このような せこい 商売振りは 成り立た
ないんだよ、 との意味も含めて 私のとった 行動は 正しかったと 思うこと
にしました。
この先の カンボジアでも このような 行為が蔓延していましたが いかがな
ものでしょうかね。 ( 私が 細かすぎる だけなのかしら? )


夜の人民委員会庁舎ホーチミン像土曜の夜には 沢山の結婚式が…






土曜日の夜は 若者が バイクで 街に繰り出してきて とても 賑やかでした。
旧正月も近い この時期は 結婚式がとても多いそうで この夜も 私達が 目にした
だけで 10組ほどの結婚式が かなり派手に行われていました。

正味2日間の ベトナムは ホテルの立地が良かったために かなりパワフルに
活動でき 大満足でした。

翌朝 ホテルの日本人ゲストリレーションのYURIさんに 感謝しつつ 別れを惜しんで
シェラトンサイゴンを 後にしました。

YURIさんは イギリスに 留学した後 縁があって シェラトンに 入社したとの事、 日本人の 若い女性が 世界各国で 活躍している姿を 今回の旅でも
見ることが出来 本当に 日本人女性の すごさを 再認識しました。
今、正に 発展してく国を 肌身に感じられる機会は めったにない 体験です。
どうぞYURIさん がんばって 下さいね!


ベトナムからカンボジアにきれいなアオザイ姿のCAさんフランスパンの機内食





相変わらず 地元民で 大混雑の タンソンニヤット空港を後にして いざ カンボジアに 出発です。

CAの方たちは とても キレイで ステキでした。

機内食は フランスパンの サンドイッチでしたが 4、50分位で ついて しまうので 
食べたり、入国カードを書いたりと忙しく あっという間に アンコールワットの 玄関口 シェムリアップに 到着してしまいました。

飛行機に 乗るときも 降りるときも 懐かしい タラップでした!
昨年 新しく 出来たばかりの 空港建物は 平屋建てで 南国ムード満点!
そこは 真夏の リゾートでした!!!

カンボジア シェムリアップ到着徒歩で異動 昨年出来た新しい空港カンボジアは 真夏でした!



murakilf at 16:28|PermalinkComments(2)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ 

2007年02月02日

ベトナム 2日目 市内観光

朝9時に ガイドさんのお迎えが ホテルのロビーに来て 例の男性2人組の 
ホテルによって 4人での 市内観光が 始まりました。 
ガイドさんは 中国系の若い女性で 蓮の花の 蓮( リン ) さんという方でした。 
日本語は ボランティアの方に 習ったとかで 語尾に必ず 「 ませ 」 をつける 
大変丁寧な 言葉を お話ししていて わからない言葉があると 私たちに 質問して
何度も 口の中で 唱えているほど 勉強熱心なガイドさんで 好感が持てました。

聖マリア教会カトリック教会内部のステンドグラス
















夏空に映える 2つの塔は 聖マリア教会 ( サイゴン大教会 ) です。
19世紀に フランス人によって建てられたもので 現在の 内部のステンドグラス
も大変見事な 物ですが 以前は もっと 豪華で 荘厳だったそうです。
度重なる 戦火にさらされ かなり 質素な形で 再現された とのことでした。
大聖堂の 内部の周りの壁には このようなステンドグラスが 何枚も飾られ 
大変広い 厳かな 空間が広がっています。 
朝にもかかわらず 何人かの方が 熱心に お祈りをささげていました。


中央郵便局


















中央郵便局クラシックなアーチの天井国際電話がかけられるボックス











教会の向かい側にある これまた フランス建築物は 中央郵便局です。
これも 19世紀末の フランス統治時代に 建てられたもので 天井が アーチ状
になっていて なんだか 鉄道の 駅のようです。
国際電話がかけられる ボックスがあって その上部には そこの都市の 
現地時間が 表示されていました。
日本は 右から2つ目の ボックスで 時間は ベトナムより 2時間早い 
11時半になっているのがわかります。 ( この時のベトナムは朝の9時半でした )
切手や 絵葉書、 簡単な お土産なども 売っていました。


統一会堂(南ベトナム時代の大統領官邸)


















作戦会議室2アメリカに通じていたというホットライン







大統領の執務室屋上のヘリコプター屋上から見たホーチミンの町






今回の市内観光で 一番 時間を割いたのが この 統一会堂です。

19世紀に フランス人官僚のために建てられた建物で 1962年に 爆撃を受けて
再建され 南ベトナム時代には 大統領官邸になっていた 大変豪華な 建物です。

大小100もの お部屋があり 順番に 見学していきました。
大統領の執務室や 作戦会議室 応接室 ( 大統領と 副大統領 それぞれに )
上階には 家族の部屋、 奥様が遊ぶ部屋 映画を見る部屋など 大変豪華な
造りになっていました。
屋上には 大統領専用のヘリコプターが 待機していて サイゴン陥落の時には
このヘリコプターで グエン・バン・チュー大統領は逃亡し その後から 
北ベトナムの 戦車が 官邸に 突入した とのことでした。

また 地下には 秘密の司令室や、通信室、作戦室などが 迷路のように 入り
組んでいて ガイドさんがいないと 迷ってしまうとので 絶対 見失わないで
下さいと ご注意がありました。
さすがに 地下室は 寒々しく 陰気で そこから さらに下りていく階段から
は タンソンニァット空港まで 地下道が 通じているらしい との説明でした。

電話機や 通信機 タイプライター 壁に貼ってある地図なども 全て 当時の
ままで 埃をかぶっている その様が 生々しく 臨場感あふれていました。

かなり 詳しく説明を受けた後 屋上のホールに行き そこから ベトナムの町を
見下ろしました。 
四方が 開け放たれて 風が良く通る そのホールには 飲み物の 自動販売機も
置かれ 見学者は 皆さん 緊張から 解放されたように のどを潤していました。

その空間から見る ホーチミンの街は 日差しを浴びて 穏やかで かつての 
サイゴンは どこにも 見えませんでした。


日本語ガイドの蓮(リン)さんと戦争証跡博物館実際に使用された戦車






今回 一番、気が重かった市内観光は、 上の写真の 戦争証跡博物館です。
定番の市内観光には 必ず ここの 見学があるから 私は ツアーに参加せず 
キレイな ホーチミンだけを見ようと思ったほどでした。

この博物館は 街の真ん中の 以外に狭い敷地に ぎっちりと 建っていました。
今までの 聖マリア教会や 統一会堂などと違って この前には 公園や 広場もない とても 狭いところにありました。
庭には 戦車や 戦闘機 爆弾 などが 所狭しと 展示してあり 意外にも 
お土産物やさんも あったほどです。
博物館内は ベトナム戦争の 悲惨さを 伝える写真や 目を背けたくなる 
展示品が ( 広島の 原爆資料館のように ) 展示してあり また 拷問を
受けた牢屋の模型や 世界各国の ジャーナリストの写真、 世界の新聞紙面の 
紹介などもありました。

統一会堂で 時間を とってしまったからでしょうか?
意外と ガイドさんは さらっと 短時間で 紹介して いきました。

ベンタン市場雑然とした市場の中







市場の周りの人ごみ






市内観光の 最後は ベンタイン市場です。
ホーチミンには このような市場が 何箇所もあって 市民の 生活ぶりが
伺えます。
とても 混雑していて 中には 何百もの お店が 渾然と 並んでいます。
地元客と 旅行者が 入り混じって 活気と熱気に 溢れていますが スリも
多いようで ガイドさんからは 何度も注意がありました。

可愛い ベトナム小物なども あったのですが 品質が余りよくないとかで
また 値段も 交渉しなくてはならないので 素人の人が買うのは ちょっと
難しそうで 残念でした。 時間があったら ゆっくりと 回ってみたかったです。

ここで 市内観光は 終わりでした。 
やはり 日本語で 解説してもらった観光は 良く理解でき 過去の 歴史を
知ったうえで 今後の ベトナムを より楽しむことが 出来ました。 
 
私たちは 昼食に クチコミで 有名な 蟹やさん に行きたかったので 途中で
車から おろしてもらい 「 クアン94 」 という お店に 行きました。 


クアン94 カニ料理店カニスープ







明るいお店の方々






この 「 クアン94 」 というお店は 日本の ベトナム関係の 掲示板でも
皆さん 絶賛されており 蟹がたっぷり食べたれて なおかつ とっても安い!
という お店です。
私の 今回の旅行の 目的の 一つに ソフトシェルクラブの から揚げを食べる
というが ありまして 昨日は 高級ベトナム料理のお店 「 マンダリン 」
で 食しましたが 今日は 庶民のお店 「 クアン94 」 です。
ここは 地元の食堂で 家族が 店先で 料理をしている ローカルなお店です。 
定番の ソフトシェルクラブは 昨日の 半分くらいの大きさでしたが でも 量は
同じくらいで  お値段は 昨日が 約千円、 ここは 500円でした。
( でも 日本に 比べれば  昨日のお店でも 安いですよね〜 )

それに 蟹の春雨炒め ( 440円 ) を 注文しました。
蟹が 沢山入っていて 大満足の 昼食で これらに コーラと カニスープ
を頼んでも 全部で 1100円くらいでした!

付け合せには 沢山の グリーンが ついていましたが ( これはサービス )
やはり 生野菜は 怖いので 見るだけにしておきました。 
飲み物も ビンのまま ストローで 出してくれましたので 衛生的には 自分で
気をつければ 問題ないようでした。
とにかく お店の方が とても明るく 賑やかに お料理をなさっていて 
ちょっぴり 地元民の 生活に 触れられた ひと時でした。

murakilf at 16:38|PermalinkComments(3)ベトナム シェラトン 、カンボジア アマンサラ