2007年08月12日

亀の井別荘 到着〜夕食

ランチを頂いた 山荘無量塔から ブラブラ歩いて 30分ほどで 今晩のお宿
「 亀の井別荘 」 に到着です。

亀の井別荘 敷地入口


















亀の井別荘の敷地は 1万坪、 この広い空間に 洋室6室 離れ15室の
こじんまりとした佇まいで これらパブリックの施設は 2千坪だそうで 
それぞれの施設が 随分と ゆったりと配置されています。

入ってすぐの 広地には 亀の井別荘、本館と 離れが 向かって右側に
お食事どころ 売店 カフェ バーなどの 外から入れる施設が 左側にという
案内板が 立っていて 泊り客と 一般のお客様とは 中で一緒にならない
ようにと 配慮されています。

ちり一つなく 掃き清められた前庭には 茅葺の門が…
それをくぐって 緑の中に ひっそりと かつ 重厚にたたずんでいるのが
「 亀の井別荘 」 です。

敷地 ロータリー亀の井別荘 入口の茅葺門緑の中にある亀の井別荘






ロビーここで お着きのお茶をいただきますこちらのソファーでもいただけます。







ロビーには いくつかの ソファーのスペースがあり コーヒーや 梅酒など
いつでも 好きな時に いただけるようになっていました。

お着きのお茶を頂いてから 黒のスーツ姿の女性スタッフと共に チェックインです。
私たちは 本館の洋室でしたが 離れ棟のお部屋係りは 和服の女性のようです。

お部屋1お部屋2 ベッドお部屋3 窓辺






お部屋は 山小屋風の 少し暗い印象でしたが そのぶん 窓から見える緑は
とても印象的で美しく ゆったりと 過ごせる雰囲気でした。
お部屋のお風呂も 温泉で、 お湯は ずっと出しっぱなしにして いいですよ、
とのこと、 やはり 道々であふれ出ていた温泉の 湯量の多さを 実感しました。

談話室 入口談話室 室内離れの中にある談話室






雑木林の中に点在している離れの一角に 談話室があり
ます。 ここでも お茶やコーヒーがいただけてクラシ
ックな雰囲気の中 読書やおしゃべりが楽しめます。

この配置図にある18番館は 歌舞伎の中村勘三郎さんの お気に入りのお部屋で
室内は 勘三郎さん仕様に なっているそうです。
そのため お部屋の番号も 歌舞伎にちなんで 18番となっていますが 一般の
お客様も もちろんお泊りできます。


夕暮れの敷地の散策の後は そろそろ少なくなり始めている観光客が 訪れている 
金燐湖という小さな湖の周りを 回ったりして 初めての 由布院の 夕方を
楽しみました。

亀の井ガーデン山家料理 湯の岳庵金燐湖にあるシャガール美術館






夕暮れの金燐湖



















私が なぜ由布院を訪れたかというと 由布院に行きたいという気持ちは
5年前から ずっとあったからなのです。

5年前の 5月に 脾臓に 悪性リンパ腫が出来ていたことがわかり 細胞の
精密検査をするために お腹を開いて 脾臓の細胞を採って 悪性リンパ腫か
どうか 調べるとの事でしたが 余りにも 患部が広がっていたため 脾臓を 
全部 摘出したのです。
 
血液内科の先生は 外科手術は出来ないので 手術だけ 外科の先生に 
お願いしたのです。

普通、悪性リンパ腫は リンパが腫れて判るので 外から リンパの細胞を採って 
診断するのですが 私の場合 運が悪くて 外からは 細胞が取れない脾臓に
出来てしまったので 外科の先生に 開腹手術を お願いしたのです。

当初 血液内科の先生は 脾臓を全摘する必要は無いって 言ったのですが 
( 悪性リンパ腫は 抗がん剤が 良く効くので それで 悪い部分はなくな
から との見解でしたが ) 外科の先生は どうせ お腹を開けるのだから 
悪い部分を 残しておく必要はないので 全摘したほうが良いのでは、 
ということで 見解が違ったのですが ここは 外科の先生に その場で判断して
もらおう、ってことになりました。

でも 最初から 外科の先生は 私の CT画像をみて 
「 かなりひどいね〜 」 といっていたので やはり 思ったとおり 脾臓は
全摘になってしまいました。


大浴場1ヒノキ露天風呂 外には冷えたお水が






お風呂は 男女それぞれ 大浴場と そこから出たお庭には 桧の露天風呂が
あります。
大浴場は 天井が高く ガラス張りになっているので とても明るく 清潔感
溢れていて のんびりと 入ることが出来ました。 
 
離れの客室には 趣の異なった露天風呂が お部屋毎に ついているので 
そのせいか 大浴場は いつ行っても貸切状態で 写真も バッチリ撮れました。

夕食 ガーデンレストラン蛍火園にて前菜お造り






夕食は、 1階にある 宿泊客専用の 蛍火園というレストランでいただきました。
( 離れは お部屋食だそうです )

広い クラシックな 室内に お客様は2組、 スタッフは かなり正統派の 
きちんとした 丁寧な応対だったので 格調高い ディナーになりました。

鮎塩焼き 一人2匹づつです。豊後牛温泉蒸し 2人分由布院野菜煮物 2人分






ご飯 お味噌汁おそうめんも選べました選べるデザート






 
脾臓摘出手術のあと 通院で 血液内科と平行して 外科にも通っていたのです
が 外科の先生は 良く患部を見てくれたり 励ましてくれたりしたのですが
内科の先生は それまでに2,3回しか 診察を受けていなかったので
手術後のはじめての診察でも え〜どうしたんだっけ〜
どこにできたの? 脾臓? ふんふん それでどうしたんだっけ〜
あっ 取ったの… ふ〜ん
みたいなやり取りで 全く私のことを 覚えていなくて 大変驚いたものです。

その事が とてもショックで ( その時は まだ 先生には 私以外に沢山の
患者さんがいて とても 忙しい状況だという事が 全く分かっていなかったもので… ) 思わず 外科の先生に なきながら愚痴をこぼしたのです。


そしたら 先生は 「 外科の先生は 手術をしているから その患者さんの事を
とてもよく覚えているし 何度も入院中に 見ているから 印象に残るけれど
内科の先生は 病気そのものを見ていないから そうそう 直ぐには 
その患者さんの事 思い出さないんだよ。 」 って言ってました。

そして 「 そんなことより もっと 現実を見つめなさい 」 って…

「 これからは 自分のやりたいことに 優先順位をつけて 後悔しないように
順番に こなして 生きていかなくてはいけないね、 
行きたいところ、 したいこと、 やっておかなくてはならないことを 
今日からすぐ 順番をつけて 行動しなさい 」
と言い聞かせてくれました。

「 そして 一つ一つ 重ねて生きてゆくことが 大切なんだよ 」 って。

「 今のうちなら まだ そのどれも 出来るから… 」 って。 

私は その時 病気のことは まだ半信半疑で 何とかなるだろうくらいに
思っていましたが その先生の一言で これからは やれるだけやって
後悔しないで 生きていこうと決めたのでした。

先生ありがとうございます〜

現実なんて 全く見ていなかった私に きっぱり言ってくれた先生!
その先生、 実は背は低いし 足元は へんてこりんなゴムのスリッパ
みたいのはいてるし どこから見ても う〜ん、的な感じの先生だと
思っていたのですが その一件があってから 私の中で その先生の評価が
すごくいいお医者さんに変わったのです。

その後 外科の最後の診察の時に 先生は 
「 いつでも 何かあったら 外来の時に 来ていいよ! 」
と言ってくれました。

今でも 病院で その先生に 偶然お会いして 元気な私を
見てもらいたいな〜と 思っているのですが 5年たった今 
それ以来 一度も お会いしたことはありません。
 

そして その頃 女性誌を にぎわしていたのが 「 憧れの由布院 」 
なる温泉地だったのです。

もちろん 伊豆あたりには 高級旅館は 数多くありましたが 客室露天とか 
談話室などの しゃれた施設は まだ出始めた頃で 由布院のそのスタイルが 
随分と 脚光を浴びて たびたび テレビなどでも 取上げられていました。

その時の私は 後悔のないように どこに行きたいか? と問われれば
由布院に行きたいと 漠然と考えていたのです。

でも この手術の後の 詳しい細胞の検査で 顔が変わっている細胞が 
( この 顔が変わるというのが 非情に 悪い現象なんだそうです )
あった という事がわかったので 何もしなければ 月単位で死亡、 
クラス靴砲覆辰討靴泙辰燭里任后 

ですので かなり悪いと判ってからは とりあえず 行けるときに 外国に
行ってこようという気持ちが強くなり 九州という選択肢がなくなっていたのです。

でも いつかは行きたいという気持ちが 心の底にあって その後 再発は
しましたが また元気になっているので 最初にいきたいと思った 由布院に 
やっぱり行ってこようと 思った次第なのです。

それに 以前に 内科の先生は 
「 悪性リンパ腫は 結構 ぐずぐずと 生きていく人が多いよ 」
「 たいてい 7年くらいは 生きれるよ 」 
と言って 私を喜ばせてくれたことがありました。

( けっ! 月単位じゃなかったの? )

「 でもね 7年って、発病してからじゃなくって 体の中に病気が生まれてから 
7年って ことだけどね 」 ですって。

じゃ 発病するまで 2年かかったとすると 病気になってから 
5年って事ですよね〜
え〜 じゃ 7年って今年じゃん! 私は セミかよっ!

って事で これ以上考えると恐いので 早速 由布院に行っちゃった訳です。
 

夜の亀の井別荘


















夜は まだ 風が少し吹いていたくらいでしたが テレビの天気予報によると
明日の午後あたりから 台風は 九州に 接近するとの事でした。

夜9時からは ロビーで SPレコードの視聴会が催され ホテルのスタッフの方
による解説付きで ジャズをききながら 憧れの由布院の夜はふけていきました。


murakilf at 22:48│Comments(2)由布院 亀の井別荘、玉の湯〜広島 | 入院

この記事へのコメント

1. Posted by cusco   2007年08月13日 12:50
毎日暑いですね。
私にも憧れの湯布院!そして亀の井別荘!
年月を重ねるごとに素敵な写真に写るその景色は
何年たっても行きたい気持ちをそぐことはないのが不思議なところです。
私が由布院を知ったのは今から20年前
その頃、今は知名度も上がった宮崎で旅行関係の仕事をしていたときでした。
あの頃自然に手を加えずに観光地に!をキャッチフレーズに
がんばっていたのを覚えています。
そんな近くに住みながら、結局一度も行くこともなく、
こちらへお嫁に来てしまいました。残念です。
今回は素敵な写真で堪能させてもらいます。

いや〜〜しかし紀子さんはすごい!!
本当に尊敬にします。前向きな生き方も本当に素敵です。
本当はおも〜〜い、おも〜〜い病の話も
旅行記の中にさらっと書いてしまうところも
大好きです!!
いつも楽しみにしていますよ
またきま〜〜〜す!
2. Posted by 紀子   2007年08月14日 01:33
cuscoさま

暑い中 私のブログにいらしてくださり ありがとうございます。
cuscoさまは 今話題の宮崎県ご出身なのですね〜
毎日のように テレビで 宮崎県のグルメや観光地の特集が放映されているので 
夏休みは さらに 観光客も 増えているのでしょうね。 

私の周りでは 旅行関係のお仕事に ついている方が多いのですが 
cusco様も そうだったなんて…
なんだか 嬉しい気持ちです。
cusco様は そんな昔からの由布院の 発展を見守っていたんですね。
九州にお帰りになった時には ご主人様と 
ぜひ 一度 訪れてみてはいかがでしょうか?

病気の話は 話題の一つとして 皆様に 楽しんでもらおうかと…
だって めったに 聞くことのない 内容ですから、
この私の体験談 無駄にしたくないので これからも
時々 披露していきますね。
ずっと この話が つづけられるように 祈っていてくださいね。

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